[関連事件・毒ガス判決] 2004年7月10日(土)中国新聞







「時の壁」ついに崩した

西松訴訟 原告逆転勝訴
「仲間に報告したい」
支援者と喜び分かち合う


 「時の壁」を、ついに突き崩した−。強制連行された中国人や遺族が元労働者たちの尊厳をかけた「西松訴訟」控訴審。広島高裁は九日、原告の請求を全面的に認めた。提訴から六年半…。生存者で原告の邵義誠さん(78)は「亡くなった仲間への布告ができる」と声を上げ、支援者と喜びを分かち合った。
 広島高裁近くの広島弁護士会館であった報告集会。邵さんたちは、支援者の完成に手をあげてこたえた。「必ずしも勝訴するとは思わなかった。ありがとう」。しわが深く刻まれた顔がほころんだ。
 邵さんたちは、安野で粗末な衣食や一日十二時間の過酷な労働に耐えた。伝染病に倒れ、翌一九四五年三月に中国へ送還。働き手を失っていた家族は貧困を強いられ、物ごいなどで生き延びていた。
 二〇〇二年二月、一審の結審を迎えた広島地裁での口頭弁論。意見陳述に立った邵さんは「強制連行が若かった私の人生を変えた。生きているうちに謝罪と補償を命じる判決がほしい」と訴えた。
 悲願がかなった九日。強制労働で失明した宋継堯さん(75)も「平和を愛する人たちの努力に感謝したい」。強制連行の末、父を爆撃で無くした原告の楊世斗さん(62)は「勝利に涙が出た。帰国したら、勝訴と日本人の友情、努力を父に報告したい」と語った。中国人強制連行・西松建設裁判を支援する会の中谷悦子共同代表も「この勝利を機に、すべての被害者が救済されるまで闘い抜く」と誓っていた。
 高齢の元労働者は、年々生存者が少なくなっている。原告代表だった呂学文さんも昨年八月、最後まで戦い抜くよう託し、八十二歳で他界した。「帰国したら『もう安心して眠れるよ』と報告したい」。邵さんは同胞に思いをはせた。


速やかな解決希望
中国がコメント

【北京9日共同】
 中国外務省は九日、中国人強制労働訴訟での広島高裁判決について「日本政府が判決を真摯に受け止め、(侵略)戦争が残した諸問題を速やかに解決するよう希望する」と判決を評価するコメントを発表した。
  中国では、「(別の強制連行事件の)判決にも好影響を与える」(支援者)と受け止められている。


識者談話


同種訴訟への影響は不可避
田中宏・龍谷大学教授(日本アジア関係史)
 原告の深刻な被害を考慮した妥当な判決。「時の壁」を超えて司法救済が必要であると判断したのは、裁判官の心証を反映させた結果だ。高裁での勝訴は今後、同種の訴訟に影響を与えるのは間違いない。今回の判決を踏まえ、国や西松建設など企業は解決に向けて踏み出すべきだ。

原告の主張を一方的にくむ
八木秀次・高崎経済大助教授(憲法学)
 戦時中のことで企業の側に反論できる材料が残っていないのに、原告の主張を一方的に取り入れた判決と言わざるを得ない。原告の狙いは賠償金よりも歴史解釈を争うことだろう。強制連行の実態を裁判で事実として確定するのは危険だ。今回の判決は、史亜晩における歴史認識論争に一層拍車をかける恐れがある。


クリック
消滅時効と除斥期間
民法上、権利を行使しない状態が一定期間続くと権利を失うのが消滅時効。請求権の行使が可能になった時を起算点とする。再建の場合は原則10年以上経て求めても相手が時効を主張すれば請求権は消滅する。一方、行使しないと権利が自動的に消滅してしまうとされる期間が除斥期間。強制連行など不法行為による損害賠償請求では、不法行為の時から20年で適用される。