[関連事件・毒ガス判決] 2004年7月10日(土)中国新聞






強制連行「西松訴訟」
補償を加速させたい


 中国人強制連行「西松訴訟」の控訴審で、広島高裁は原告側の請求を退けた一審判決を取り消し、西松建設(当時西松組、東京都)に損害賠償の支払いを命じる原告側逆転訴訟の判決を言い渡した。原告らの置かれた実情に理解を示し、せんごほ賞を阻む「時の壁」を乗り越えた高裁の賠償命令は初めてで、歓迎できる。
 裁判では、戦時中、中国から強制連行され広島県加計町の安野水力発電所で過酷な建設工事に従事させられたとして、中国人五人(うち遺族三人)が西松建設を相手に総額二千七百五十万円の損害賠償を求めている。強制連行と強制労働の事実の有無や徐斥・時効期間に照らして、賠償責任が問えるかなどをめぐって争われた。
 一審(二〇〇二年七月)では、西松建設の行為は強制連行や強制労働に当たり不法行為と認定し、安全配慮義務違反(債務不履行)と認めた。一方で、強制連行などの不法行為責任の請求権が二十年間で消滅する民法の「徐斥期間」や、安全配慮義務違反に対する消滅時効(十年間)の規定を理由に「賠償請求権は既に消滅している」と判断。強制連行、強制労働の実態を認めつつも、訴えのの最終段階である損害賠償請求を退けた。
 今回の判決では、西松建設の時効の主張は正義に反し、権利の濫用に当たり許されないとした。その理由として、強制連行、強制労働が著しい人権侵害のうえ、西松建設が強制連行、強制労働に関する資料に虚偽の事実を記載したり、原告との補償交渉を長引かせ、結果的に提訴を遅らせることになった不誠実な対応などを挙げた。民法上の時効は成立しても、その原因は西松建設側にあり、原告側には責任がないことを明確にした。大変、分かりやすい。
 裁判長の「企業が自らの責任に目を背けることは許されない」との強い意思すら判決文から伝わってくる。
 同様の十件の強制連行訴訟では、〇二年四月に福岡地裁が「正義・公平の理念に反する」と徐斥期間の適用を制限し、企業に損害賠償請求を命じる判決を出した。今年三月の新潟地裁判決では、安全配慮義務違反の時効を「権利の濫用」として認めなかった。しかし、五月に福岡高裁が福岡地裁の判決を破棄し、高裁段階の判決は分かれた。とはいえ、強制連行の違法性を認定する流れが出てきたのは間違いない。
 日本政府や強制連行に関わった企業はサンフランシスコ講和条約や日中共同声明など二国間協定を背景に、補償問題は解決済みとしてきた。国や企業が「責任を認めない」というかたくなな態度は、アジア各国で反感をもたれている。
 西松建設は直ちに上告した。だが、いつまでも個別の訴訟で争っていては、日本の信頼の回復はできないだろう。戦後補償を積極的に進めたドイツのように、日本もアジアの人々に対して、早急にこの問題を解決すべきだろう。具体的な救済策を真剣に検討する時期にきている。
 原告の高齢化が進む。原告団長だった呂学文さんは判決を待たずに昨年八月に病死。一九九八年一月の提訴以来、原告二人が亡くなった。残された時間は長くはない。